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カテゴリ:☆南フランスの旅( 15 )
アルル(Arles)
アルル(Arles)はフランス南部にある同国内最大面積を持つ市。アルルの住民はアルレジャン(Arlésiens)と呼ばれる(フィンセント・ファン・ゴッホの絵画などの題名に用いられている『アルルの女(l'Arlésienne)』はこの女性単数形である)。
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地理
アルルは、ローヌ川の分岐点に位置し、カマルグの大部分を含む(カマルグの残りはサント=マリー=ド=ラ=メールに含まれる)。フランスの市町村(コミューン)では最大の面積を持ち、テリトワール=ド=ベルフォール県などよりも広い。

歴史
古代ローマ時代には、ユリウス・カエサルによってアレラーテ(Arelate)として言及されている。アレラーテは「湖(池、潟)の近く」の意味である。

観光名所
ローマ遺跡とロマネスク様式建造物群が、1981年に世界文化遺産に登録された。

古代ローマ時代の円形闘技場(円形劇場)
サン=トロフィム教会(Église Saint-Trophime)
アルル・古代プロヴァンス博物館(Musée de l'Arles et de la Provence antiques)
アルラタン博物館(Museon Arlaten)- ノーベル文学賞受賞者フレデリック・ミストラルがその賞金を充てて設立した博物館。
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by dcb0322 | 2005-10-01 19:09 | ☆南フランスの旅
アルビ(Albi)
アルビ(Albi)はフランス南部、ミディ=ピレネー地域圏の都市である。タルヌ県の県庁所在地。タム川に面した町で、人口が、約50,000人。
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町は、ローマ帝国によって建設され、その後アルビガ(Albiga)と呼ばれていた。12世紀、13世紀にキリスト教の異端として迫害を受けたアルビジョワ派は、この町の呼び名に由来している。

アルビジョワ派(カタリ派)
カタリ派(Cathares)は10世紀半ばに現れ、フランス南部とイタリア北部で活発となったキリスト教民衆運動。二元論的世界観に代表されるグノーシス主義的色彩を帯びた特異な教義と組織を有したため、カトリック教会によって異端とされた。カタリ派という名前は「清浄なもの」を意味するギリシア語の「カタロス」に由来している。カタリ派という名称が初めて記録にあらわれるのは1181年にケルンで記されたシェーナウのエックベルトの「このころドイツにカタロスがあらわれた」という記述である。

カタリ派はアルビ派(アルビジョワ派)と呼ばれることもあった。南フランスの都市に由来するこの名前は12世紀終わりに現れるが、アルビ派の多かった都市がアルビではなくトゥールーズであったことを考えるとやや不適切な名称であるといえよう。



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by dcb0322 | 2005-10-01 15:16 | ☆南フランスの旅
プロヴァンス=アルプ=コート・ダジュール地域圏(Provence-Alpes-Côte d'Azur)
プロヴァンス=アルプ=コート・ダジュール地域圏(Provence-Alpes-Côte d'Azur)は、フランス南東部、地中海沿いの地域圏である。PACA(パカ)と略される。東部はアルプス山脈をはさんでイタリアと国境を接する。北はローヌ=アルプ地域圏、西はラングドック=ルシヨン地域圏と接している。

その名が示すとおり、国際的に名高い風光明媚な海岸コート・ダジュールがある。
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コート・ダジュール
コート・ダジュール(Côte d'Azur)はフランス南部の風光明媚な海岸。日本では、紺碧海岸(こんぺきかいがん)とも呼ばれる。ふつうトゥーロンを西端、イタリア国境を東端とする地中海沿岸の一帯を指し、行政区分上はヴァール県、アルプ=マリティーム県、モナコ領にあたる。北はモール山塊(les Massifs des Maures)とエステレル山塊(les Massifs de l'Estérel)で、南はアルプス山脈でそれぞれ区切られている。

観光地として国際的にも有名なため、沿岸部は都市化が進んでいる。とりわけ、国際空港を持つニースは、コート・ダジュールの中心的な都市ということができる。

この一帯がコート・ダジュールと呼ばれるようになったのは、1887年に刊行されたステファン・リエジャール(Stéphen Liégeard, 作家)の著書『ラ・コート・ダジュール』が契機とされる(ただし、百周年祭は1988年に開催された)。
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by dcb0322 | 2005-10-01 15:01 | ☆南フランスの旅
トゥールーズ(Toulouse)
トゥールーズ(Toulouse)はフランス南部、ミディ=ピレネー地域圏の都市である。同地域圏首府、オート=ガロンヌ県の県庁所在地。1999年の人口は39万0350人である。トゥールーズの近郊にはトゥールーズ市の人口を含め、96万4797人が住み(1999年)、都市圏としてはフランス第四の規模をもつ。
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トゥールーズは古代ローマ時代より存在し、トロサ(Tolosa, オック語)と呼ばれ、当時から軍事と交易の中心地であった。中世フランス最大の都市の一つであり、商業の中心として栄えた。大司教座がおかれ、トゥールーズの大聖堂は著名である。またトゥールーズはフランスからピレネー山脈を超えてスペインへ到るサンティアゴ・デ・コンポステーラへの巡礼路にも当たる。

中世において北部フランスと南部フランスは言語を異にし(オック語)、その文化は大きく異なった。現在の名トゥールーズは北部で使われた言語によるものである。フランス王に名目上帰属するとはいえ、トゥールーズは、トゥールーズ伯爵の宮廷所在地として、12世紀から13世紀にかけてはパリをも凌ぐ文化水準を誇り、トルバドゥールなど中世文芸の担い手の活動の拠点のひとつでもあった。

トゥールーズは第二次世界大戦後、航空機産業が発達し、コンコルドなどの名機もこの地で開発された。現在もエアバス社の組み立て工場が稼働中である。

トゥールーズはまた中世末期のキリスト教の異端派 アルビ派(カタリ派)の活動の中心地でもあり、アルビジョア十字軍によって攻略された。

なお画家トゥールーズ=ロートレックはトゥールーズ伯爵家の末裔に当たる。



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by dcb0322 | 2005-10-01 14:38 | ☆南フランスの旅
ニース(Nice)
ニース(Nice)はフランス南部、プロヴァンス=アルプ=コート・ダジュール地域圏に属し、地中海に面する世界的に有名な観光地である。アルプ=マリティーム県の県庁所在地。イタリア語ではニッツァ (Nizza)、ニース地方のプロファンス語(プロヴァンス方言)ではニッサ (Niça または Nissa) という。1999年の人口は約34万人。
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歴史
ニースには紀元前2世紀頃よりケルト系の住民が定住した。 中世にはプロヴァンス公爵領に属したニースであるが、プロヴァンス公爵領がフランス王領に帰属したのち、近世にはサヴォイアやスペインに帰属したこともあった。1804年、ニースの住民は住民投票によってフランス帝国への帰属を決定したが、1815年パリ条約によりニースはサヴォイア公国に割譲された。サルデーニャ王国はイタリア王国の成立をフランスに承認してもらうため1860年再びフランスに割譲された。これを知ったイタリア王国建設に貢献したニース出身の武人ジュゼッペ・ガリバルディは激怒した。その後もイタリアによる失地回復の目標にされたがフランス領のまま現在に到る。
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by dcb0322 | 2005-10-01 14:27 | ☆南フランスの旅
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