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2005年 10月 07日 ( 4 )
ブイヤベース(bouillabaisse)
ブイヤベース(bouillabaisse)は、フランスの地中海側の地方の代表的な海鮮スープ料理。 魚介類を使った鍋料理。世界三大スープの一つ
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最初はマルセイユの漁師が売れない魚を大鍋で煮たものであったが、おいしいので色々な魚が使われるようになった。 本格的なものとなると、脂ののった白身の魚を数種類、ムール貝にハマグリ、オマール海老などを用意する。これを、ハーブ類、フェンネル、ローズマリー、ディル、それから特にサフランをたっぷり加えて、煮込んだもの。仕上がると、海鮮風味に黄色の濃厚なスープ料理ができあがる。トマト風味を加えても可。王道はサフラン。これが、薬用クロッカスの別名もあり、風邪などにも効果のあるものなので、薬膳鍋といった趣もある。大勢で囲んで食べたりというところは、日本の鍋料理にも共通するかもしれない。

ブイヤベース憲章
ブイヤベースの本場マルセイユには、「ブイヤベース憲章」があり作り方を細かく規定している。
地中海の岩礁に住む魚類を4種類以上入れる。
海老、貝類、蛸烏賊は使えない。
スープは小魚でとる。
この小魚の種類も決められてる。
短時間で仕上げる。
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by dcb0322 | 2005-10-07 17:37 | ☆フランスの郷土料理
札幌ラーメン(さっぽろらーめん)
札幌ラーメン(さっぽろらーめん)は、北海道札幌市発祥のラーメンである。日本国内では広く知られたラーメンの一つ。喜多方ラーメン、博多ラーメンと並んで日本三大ラーメンの一つ。
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特徴・調理方法
札幌には戦前からラーメンが存在したが、戦前の物が在日華人のプロの調理人達によるあっさりしたスープのラーメンが発祥であるのに対し、戦後のラーメンは満州などからの引揚者達が屋台で作った豚骨から煮出した濃いスープが源流であり、「札幌ラーメン」と呼ばれる物は後者を指す。

戦前の札幌ラーメンは1923年、「竹家食堂」の創業で始まった。この竹家食堂は現在無く、神戸市でのれん分けした「竹家」として続いている 発祥当時は醤油味と塩味のみであったが、やがて味噌ラーメンが登場。この味噌ラーメンが雑誌やデパートの物産展などで全国的に広がったため「札幌ラーメン=味噌ラーメン」という捉え方もある。この捉え方は必ずしも正しくはないが、ほとんどのラーメン店で醤油味・味噌味・塩味の三種類が当たり前に存在するのは、全国的に珍しいようである。 さらに「暮しの手帖」の編集長であった花森安治による札幌ラーメンの記事や、サンヨー食品によるインスタントラーメン「サッポロ一番」の影響も大きい。
今日の札幌ラーメンについては以下参照

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by dcb0322 | 2005-10-07 17:33 | ☆北海道の郷土料理
村上ファンド(株式会社M&Aコンサルティング)
概要
本社 東京都港区六本木6-10-1 六本木ヒルズ森タワー20階
代表取締役は村上世彰。
系列会社に投資会社MACアセットマネジメントがある。こちらも村上ファンドと呼ばれることが多い。
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歴史
1999年 - 通産省を退職した村上世彰が「株式会社M&Aコンサルティング」を設立
2000年 - 東証2部上場企業(現在は1部上場)昭栄の株を1000円でTOB(株式公開買い付け)を実施。日本で初めての敵対的TOBを敢行。これは後に筆頭株主のキヤノンや大株主である芙蓉グループが応じなかった事、さらに経営陣側も不採算部門の撤退などを発表しTOB期限当日までに集まった株は少数だったため失敗に終わる。
2002年1月 - アパレルメーカー東京スタイルの株9.3%を取得。これを機に村上の名が世間に広まる。(後述)
2003年7月 - ニッポン放送の株7%を取得。(後述)
2005年1月 - 玩具メーカータカラの株式10%近くを獲得。創業者一族以外ではコナミに続く大株主となる。
2005年9月 - 阪神電鉄株式26.67%を保有し、同社筆頭株主に。同時に、阪神百貨店株式も18.19%保有し、阪神電鉄に次ぐ大株主にもなった(但し阪神百貨店は阪神電鉄が100%子会社化することにしており、実質的に株主は阪神電鉄との2人のみ)。

村上 世彰
村上 世彰(むらかみ よしあき、1959年8月 - )はM&Aコンサルティング代表取締役。
大阪府大阪市生まれ。灘高校を経て、東京大学法学部を卒業。父親から100万円貰い、10歳から株式投資を行い、1983年の東京大学卒業時には数億円に増やした。
1983年に通商産業省(現経済産業省)に入省。通産省を辞めたあとにM&Aコンサルティング(村上ファンド)を設立。ライブドア対ニッポン放送の件でその名を知らしめた。大阪証券取引所や阪神電気鉄道の株式購入でも話題になっている。
過去の出来事については以下参照

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by dcb0322 | 2005-10-07 17:16
フジモリ元大統領、ペルー大統領選に出馬表明
【2005年10月7日】
2000年より日本に滞在しているペルー元大統領アルベルト・フジモリ氏は、6日東京で行った記者会見の席上、来年4月のペルー大統領選挙に出馬することを発表した。

ペルーでは来年4月に大統領選挙が行われる。朝日新聞によれば、立候補手続きは来年1月まで受け付ける。フジモリ氏は、自身の講演会の後、記者会見を行い、大統領選挙に出馬すると明言した。記者会見は日本語で行われた。

フジモリ氏は2000年11月17日、日本を訪問中に突如辞任を発表し、以後日本に滞在を続けている。事実上の亡命であるが、フジモリ氏は日系二世でペルーと日本の二重国籍者であるため、日本政府はこの滞在を容認している。のちペルー議会から罷免され、また在任中の犯罪を理由にペルーで起訴された。罪名は、殺人罪、権力乱用罪などである。ペルー政府は日本政府に犯罪者引渡しを求めたが、日本政府は、フジモリ氏が日本国籍を有していることを理由に、引渡しを拒否している。また、ペルー議会はフジモリ氏の公職追放を決議している。それによれば2010年までフジモリ氏はペルーでの公職に就くことができない。

フジモリ元大統領は1990年に大統領に当選。経済改革を進め、1992年4月議会を解散して独裁的な権力を握った。同年11月議会を再開したが、強権的な政治手法はかわらず、反発もあった。政権末期には、反対派から汚職などの権力乱用を批判されていた。

一方、記者会見で、フジモリ氏は立候補への「法的な障害はない」としている。報道では、フジモリ氏がペルーに帰国すれば逮捕されるとみられているが、フジモリ氏は支持者がそのような問題を解決するよう動いていると自信を示した。ただし帰国の時期については明言を避けた。

報道によれば、フジモリ氏は今年9月にペルー大使館で新しいペルー旅券の発行を受けている。

AP通信=米ABCによれば、ルイス・マキャベロ在日ペルー大使は、フジモリ氏の出馬表明を「嘘」と呼んだ。ペルー当局はフジモリ氏を逮捕する計画であるためという。
アルベルト・ケンヤ・フジモリについては以下参照

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by dcb0322 | 2005-10-07 11:28 | ★ニュース
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